1840年代

1840 年(道光20年)
6.  阿片戦争勃発。 7月、清朝政府が呉淞に砲台を構築。
1841年(道光21年)
10.  イギリス軍が定海、鎮海、寧波を攻略。清朝政府は上海の防備を固める。

1842 年(道光22年)
6. 6 イギリス軍艦13隻が呉淞口から侵攻、呉淞砲台を攻略。19日、イギリス軍が巡道署【23-D2】と県署【6-D4】を占拠、上海県城を占領。城隍廟【6-D3】に司令部を置く。
8.29 『南京条約』調印。上海がイギリスの対外通商港となる。
1843年(道光23年)
11.17 イギリス初代駐上海領事バルフォア(巴富爾 G.Balfour)が上海の開港を宣言。最初の領事館は県城内の中国商人の家を借りて開設。(→1872建造【1-D2】,現【9-E4】)
*  清朝政府が洋浜[延安東路]の北に西洋商船盤検所を設置。
*  イギリスのジャーデン・マセソン商会(怡和洋行 Jardine,Matheson & Co.)が支店を開設。(→1920.建造【1-D3】)
*  イギリスのギブ・リビングストン商会(仁記洋行 Gibb,Livigston & Co.)が支店を開設。(→1908頃建造【1-C3】)
*  イギリス人宣教師メドハースト(麦都思 W.H.Medhurst)が西洋式印刷所、墨海書館(London Missionary Society Press)を県城東門外に開設。(→【2-E5】)
*  年末までにイギリス領事館に登録しているイギリス商人と宣教師は25人。

1844年(道光24年)
2.  イギリス人宣教師ロックハート(洛魏林 W.Lockhart)が診療所を開設。上海最初の病院。現在の仁済医院の前身【2-E5】
7. 3 『望厦条約』調印。上海がアメリカの対外通商港となる。
10.24 『黄埔条約』調印。上海がフランスの対外通商港となる。

1845年(道光25年)
11.29 『上海土地章程』が公布され、イギリス租界が成立。黄浦江岸の洋浜[延安東路]以北、李家荘[北京東路]以南の土地。
*  清朝政府がバンドに江海北関を設置。【1-C5】
*  イギリスのサッスーン商会(沙遜洋行 Daniel Sassoon & Co.)が支店を開設。(→1929.建造【1-D3】)
1846年(道光26年)
9. イギリス租界の西の境界が画定され、界路[河南中路]となる。
*  アメリカが領事館を開設。ラッセル商会のウォルコット(呉利国 H.G.Wolcott)が代理領事となり、租界内の借家に領事署を開設。(→現【9-F4】)
*  同仁輔元堂が成立【23-B2】。上海最初の民間慈善団体。

1847年(道光27年)
7.  徐家匯にイエズス会修道院が落成【27-C5】。同年、図書室を設置。上海最初の図書館。徐家匯蔵書楼の前身【27-C4】。
*  イギリス国教会が聖三一堂を建造。(→1869.建造【1-B4】)

1848年(道光28年)
1. フランスが領事館を開設。最初のフランス領事館は洋浜の教会所有の建物に設置。(→1867.【6-E1】,現【9-F4】)
2. イギリスの東方銀行(Orienntal Banking Corporation)が支店を開設[上海浦東発展銀行の場所]【1-C5】。中国最初の外国銀行。(〜1892.)
11.27 イギリス租界が拡張され、西の境界が泥城浜[西藏中路]までとなる。
*  アメリカ人宣教師ブーン(文恵廉 W.J.Boone)が蘇州河北岸の虹口地区をアメリカ租界として要求。正式調印は無し。

1849年(道光29年)
4. 6 フランス租界が成立。イギリス租界と県城の間の土地。
1950年(道光30年)
2. ペニンシュラ&オリエンタル汽船(大英輪船公司 Peninsular & Orienntal Shipping Co.)が上海—ロンドン間の定期航路の運行を開始。
8. 3 『北華捷報』(North China Herald 週刊)創刊。中国最初の外国語新聞。(→1864.『字林西報』〔North China Daily News 日刊〕,〜1951.,1921.建造【1-D4】)
11.  イギリス租界で初めての舞踏会が開かれる。
*  聖イグナチオ公学(徐匯公学)が開学【27-C4】。最初の教会中学。
*  裨文女校が開学【24-C2】。(→1881.聖瑪利亜女校【21-B3】)
*  最初の競馬場、老花園@馬場が完成。イギリス人が現在の河南中路、南京東路、江西中路一帯に花園(Garden)と抛球場(クリケット場)を造り、その外周を競馬のコースとする。
*  三雅園が開業【6-D4】。上海最初の戯院で、崑曲を上演。(〜1890.)